Last Decade

gonburimo.exblog.jp
ブログトップ
2006年 02月 27日

プーコン

寒さで目が覚めた。寝袋だけではとても寝ていられないほど空気がひんやりとしていた。簡単に朝食を済ませ、さっそく出発した。相変わらず運転するのはルディだったが、性格を現すように運転は荒かった。一緒に行動して数日、だんだんと彼らの関係がわかるようになってきた。運転同様に気性が荒いオーストリア人ルディは水道管などの修理工で、娘がひとりいるようだったが、離婚してしまい、今では奥さんが育てているので時々しか会わせてもらえないと嘆いていた。一方、眼鏡をかけて見た目にもおっとりとしたドイツ人エルリッヒミュンヘンで自転車配達便の会社を経営していた。ただ時々は自分でも自転車に乗って荷物を届けているというから、本当に個人経営の会社のようだった。そして彼は独身だった。

そんな彼らふたりの関係は小学校の幼なじみという真柄だった。日本ドイツでは教育制度 も違うので、小学校というのは語弊があるかもしれない。特にドイツで最も保守的なバイエルン州教育制度 は、小さな頃から自らが進むべく道を確定し、それに合った専門の学校にそれぞれ進んでいくという形を取っていて、最終学歴の異なる彼らが一緒に過ごした時期は本当に幼い頃だと思われた。ところで、オーストリア人であるルディがなぜドイツ人のエルリッヒと小さな頃同じ学校で学んでいたのか気になったが、彼らの説明によると、国境近くではたとえオーストリアの国籍を持っていても、越境してドイツの学校に通うことがよくあるのだという。それは同じ言語、また元を辿れば同じ民族というこの二国間のみで通用するシステムなのかもしれないが、市町村を跨いで学校に通うことさえ難しい日本と比べると面白いシステムに聞こえた。ともかく幼なじみの彼らがわざわざ休みを取ってアルゼンチンまで来たのは、どうやらその学校で一緒だった彼ら共通の友人がアルゼンチン人の女性と結婚して、アルゼンチンで開かれるその式に出席するためだった。それにしても、結婚式に参加するというだけで2週間以上もの休暇が貰える彼らが羨ましかった。

c0049109_22125545.jpgこの日は、基本的に移動はせずに湖水地方内を周遊する計画だった。その中でも火山に近いリゾート地であるプーコンという街に寄った。ちょうどフェスティバルが行われるようで街中は交通規制が行われるほどの盛況振りだった。観光案内所で情報を仕入れた後、車でビジャリカ火山 の麓まで行き、そこからは道なき道を進んでいくと、ちょうど五合目ぐらいのところまで行くことができた。ビジャリカ火山 の雄大な姿もさることながら、それを背にして望むプーコンの街とその奥にある湖と雪山群に息をのんだ。その後、車を走らせて国立公園内にあるキャンプ場に泊まることにした。エルリッヒルディは周辺をトレッキングしてくると言って出かけていったが、自分は湖畔で寝そべって本を読んで過ごした。日差しが暑く、体が火照ってくると水の中に入り、また本を読む。その繰り返しをしている内に日が暮れだした。この日の夜も冷え込んできたが、残念ながら火をつけることはできなかった。彼らと旅していて困ったことがあるとすれば食事だった。彼らには3食続けてのパンにハムやチーズといった冷えた食事でも全く苦にならないようだった。しかし、自分はそろそろ暖かい物が食べたくなっていたので、なんとか次の日はどこかの食堂に入ってくれるようお願いして眠りについた。
[PR]

by gonburimo | 2006-02-27 22:07 | South America 1998


<< コンセプシオン      パンギプジ >>