Last Decade

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2006年 02月 25日

プエルト・モン

バリローチェからプエルト・モンまでのルートは街に面したナウエル・ウアピ湖を旋回するようにチリまでの国境は続く。周囲には2000メートル級の山々が連なっていて、その自然の光景はまた素晴らしかった。プエルト・モンへは数社のバスが同時刻発で運行しているので、一本道しかないため数台のバスが連なって進んでいくという修学旅行を思い出させるような形だった。当然、速度も一緒で、抜いたり抜かれたりすることはないので、そのままの順番で国境にたどりつき、乗客が一斉に降りるので、かなり賑やかな雰囲気であった。その人数を捌くわりには国境にいる係員の数は両国とも少ない。よって結構な時間がかかるのである。珍しく自分とは違うバスに乗っていたらしい日本人の団体がいた。こんな所にまで日本のツアーは進出しているのかと驚くとともに、彼らの方もひとりで旅している僕の姿に気づいて珍しそうに話しかけてきた。なかにはこのゆっくりした状況に苛立っている人もいたのが、それがいかにも日本人らしくてなぜか懐かしかった。ようやく国境を抜けてチリに入った。この旅で5カ国目になった。

プエルト・モンには夕方に到着した。さっそく3人でレンタカー屋に向かった。運良く英語のわかる人が事務所にいて、サンチアゴまで5日間を全て込みの値段で、300$弱で借りることができた。ひとり当たり1日2,000円ほどの計算になり、ガソリン代を考えても許せる範囲だった。すぐ横にあった駐車場に置かれていたのは日産サニーだった。それも古い型のものだったが、日本車ならば壊れることもないだろうとかえって安心した。さっそくルディが運転をし、エルリッヒが横でナビをして、自分は後部座席に座ってさえすれば良かった。先に行く前に、どうしても寄りたい場所があった。それはプエルト・モンから西に2キロほど行ったところにあるアンヘルモ という漁港だった。c0049109_2238129.jpg隣国同士でも、牛肉ばかり食べていたアルゼンチンとは対照的に、南北に長くずっと太平洋に面しているチリは魚貝類の料理が有名だった。このアンヘルモ ではクラント という貝やジャガイモの煮込みが名物で、ぜひそれを食べてみたかったのだ。適当な1軒に入ってそれを注文した。内陸国であるオーストリア人ルディはあまり魚貝類が得意ではないようだったが、このクラント は気に入ったようだった。また自分はそれとは別にアナゴ のフライを注文した。最初アナゴ と聞いて、ふたりは本当に食べるのかというような目をしていた。出てきたフライにレモンをかけて食べてみると、あっさりしていて実に美味しかった。エルリッヒはひと口食べてみたが、ルディは決して食べようとはしなかった。

レストランを出ると、すでに暗くなり始めていた。宿はどうするのかと尋ねると、テントを持ってきているのでどこかで野宿をするのだという。よもやこんなところで持ってきておいた寝袋が役に立つとは思わなかった。アンヘルモ を出てしばらくすると、集落も何もまったくなくなってしまい、道を照らす外灯さえもなくなり、明かりは車のヘッドライトだけになった。車はどこかの湖に沿って走っているようだったが、霧が出始めた。今日はこの辺で停めようということになり、道路から少し入った草原の上で、ふたりは手際よくテントを組み立て始めた。このままサンチアゴまで、このような野宿が続くのかと質問したら、明日はキャンプ場に泊まる予定だという。ただし、彼らにとってもチリは予定外の行動だったので、頼れるのは僕が持っていたロンリープラネット だけだった。曇っているのか星は見えず、マグライトを消すと本当に真っ暗になった。その暗さのせいか、レンタカーを借りて本当に良かったのかと不安になり、テントに入って横になったがなかなか寝付けなかった。
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by gonburimo | 2006-02-25 22:29 | South America 1998


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