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2006年 02月 22日

バリローチェ

c0049109_22203026.jpgブエノスアイレスにはふたつの空港があった。使ったことがないのでわからないが、ガイドによれば南米随一の近代的な建物らしい国際線の離発着が多いエサイア国際空港と、国内線が主に飛び立つホルへ・ニューベリー空港であった。パタゴニアの玄関口であるバリローチェまでは当然小さな方のホルへ・ニューベリー空港を利用することになった。宿からバスをふたつ乗り継いで着いた空港は、ターミナルと呼ぶには少し大げさな建物以外には特に何もなく、建物入口からすぐのところにチェックインカウンターがあった。バリローチェまでの便はラパ航空という国内専門航空会社のものだったが、南半球は今がちょうど夏でオンシーズンということもあり、ラパ航空だけでも1日2便、他の会社も何便か飛ばしているようだった。飛行機に乗る際も搭乗ゲートというものはなく、ターミナルから外に出て、遠くに見える飛行機まで歩いていくといった感じのローカルな空港で、当然飛行機もそれに倣うかのように小さな機体だった。

飛行機が飛び立つと、眼下にはブエノスアイレスラ・プラタ川が見えたが、すぐに何もない平野だけが広がる景色に変わった。2時間後、バリローチェにまもなく着陸するとのアナウンスがスペイン語だけで行われたが、周りの様子からなんとなく想像できた。本当に何もないところに空港だけ造ったような自然豊かな光景が広がっていた。バリローチェ空港もまた小さく、機内に預けられた荷物が係員自らによって引かれた台車に載せられて出てくるようなのんびりした空港だった。離れたバリローチェの街までのバスは30分後にならないと出発しないとのことだったが、運良く隣に停まっていたツアーバスに乗ることができた。街に着くと、一軒だけあるユースに向かった。宿の主人であるカルロス英語も話せてとても親切な人で、アルゼンチン人をはじめとして世界各国からの旅行者が集まっていた。

さっそく街に繰り出したが、この日が日曜日のために商店のほとんどは閉まっていた。ただ南米のスイスと呼ばれる地方だけあり、通りを歩く観光客の数は多く、中心であるセントロシビコは本当に美しい街並みだった。その真ん中の広場ではセントバーナードを連れた写真家のおじいさんがいて、彼らは街のいわゆる名物となっているらしかった。宿に戻ると、同部屋の旅行者が戻ってきていた。自分よりは10歳ほど年上の2人組で、お互いに自己紹介をすると、ミュンヘン出身のドイツ人・エルリッヒオーストリア人ルディということがわかった。それがわかった途端に、こちらがまだある程度覚えていたドイツ語で話し出すと、ふたりとも目を丸くして驚いた。そこから急に意気投合し出して、夕食を一緒に食べに出かけた。それから1週間近く、彼らとともに旅をすることになろうとは、この時はまだ思いもしなかった。
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by gonburimo | 2006-02-22 22:03 | South America 1998


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