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2006年 02月 21日

ブエノスアイレス 五日目

c0049109_2156558.jpg数あるブエノスアイレスの地区の中でも、ボカ地区は古くはヨーロッパからの船すべてが停泊した場所であり、今でも当時の雰囲気を残したどちらかというと下町的な雰囲気を残している場所であった。セントロからは少し離れているので、国会議事堂前からバスで向かった。ボカ地区で有名なのは、なんといってもカミニートで、訳すと小径という意味らしいが、まさにその一角だけ立ち並ぶ家々の壁がカラフルに塗られていた。これはボカ出身の画家キンケラ・マルティンによるものだったが、本当にそれは一角と呼ぶに相応しい小さな場所であった。またアルゼンチンといえばタンゴだが、それが生まれたのもこの地区だといわれている。
そういうわけか、カミニートの路上ではタンゴを踊っている人もいた。

c0049109_215753.jpgボカという名前を聞いてサッカーに詳しければ、ボカ・ジュニオルズというサッカーチームを思い出すかもしれない。かのマラドーナも所属したこの下町チームのホームグラウンドがカミニートから少し歩いた場所にあった。試合は行われていなかったが、競技場に入ることができた。6万人の観客が収容できるということだったが、とてもそうは見えないピッチと観客席が近い小ぢんまりとした競技場だった。競技場の外に出ると、試合がない日なので辺りは閑散としていた。その中に寂れた雑貨屋があり、マラドーナのポスターや写真が店中に張られていた。彼が率いるアルゼンチン代表メキシコで行われたワールドカップで優勝してからすでに10年以上の歳月が過ぎているのに、まだまだ彼の人気は、特にこのボカ地区においては留まる所を知らないようだった。いや彼は彼らの記憶の中に残る永遠の英雄なのかもしれない。アルゼンチン代表が優勝した時、果たしてここはどれほどの騒ぎになったのかを想像しながら、静まりかえった街を歩いた。

バスでセントロまで戻った。ここまで一緒の宿にいて、なにかとお世話になったIさんがこの日の夜行でリオデジャネイロに向かうため、最後の晩餐を宿に泊まっていた仲間で取ろうということになっていた。日本人オーストラリア人・オランダ人そしてドイツ人のメンバーで、食べるのはもちろんアサードであった。大盛りのチョリソをつつきながら、会話が弾んだが、我々以外の3人はさすが肉食人種だけあって、食べる量も違った。もう1軒行くという3人を残して、Iさんを見送るためレティーロバスターミナルまで行った。リオではちょうどカーニバルが始まる時期で、Iさんはそれが目的であったが、宿の予約もなく果たして泊まるところが確保できるのか心配だった。当の本人は何とかなるでしょうと楽観的だったが、確かにどんな時でもなんとかなってしまうのが旅というものかもしれない。彼の後を追うように、僕も明日、ブエノスアイレスを離れることになった。
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by gonburimo | 2006-02-21 21:48 | South America 1998


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